部品メーカーから自転車メーカーへ転身。得意先ゼロから約4年で年商22億円超に。
平成16年に大きな転機が訪れ、自転車メーカーとして新たな一歩を踏み出すことになった株式会社サカモトテクノ。ネームバリューのない同社が生き残るために考えたのは、高い技術力を活かした斬新なアイデアだった。積極的な商品開発と営業戦略が功を奏して、関東、そして全国へ販路を拡大。この勢いはまだまだ止まりそうにない。
取締役会長
田畑輝澄さん
| 株式会社サカモトテクノ | |
| 〒590-0958 堺市堺区宿院町東1-1-24 |
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| TEL | 072-225-7300 |
| 創業 | 昭和 41年 1月 |
| 資本金 | 4,000万円 |
| 従業員 | 40名 |
| http://www.sakamoto-techno.co.jp | |
株式会社サカモトテクノ 本部 物流センター
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| クロススポーツ車「ReCue」 |
取引先の倒産をきっかけに部品から完成品へ転換。
もともと自転車のフレームを各メーカーに供給していた同社は、フレーム製造の豊富な実績と高い技術力、国内有数のシェアを誇っていた。ところが10社もの取引先が相次いで倒産し、さらに平成16年には主要取引先までが倒産。取引銀行は連鎖倒産を危ぶんで、次々に手を引いていく。50名だった従業員は6名に、380名いた中国工場は閉鎖。創業以来、ついに最大の危機に直面した。崖っぷちに立たされた田畑会長が最初に打った手は、取引先のブランドを買い取ることだった。中国から船積み寸前の製品を完売するための措置だ。同時に、自転車の部品メーカーから、完成品の製造・販売へと業態を転換することに。「フレームの取引先は全滅、完成品の得意先は皆無。創業38年目にして、ゼロからの再スタートでした」と、田畑会長は振り返る。まずはブランド名が必要と、社名を「サカモトテクノ」に変更した。ありとあらゆる公的資金を活用し、いち早くオリジナル製品づくりに着手。怒濤の巻き返しが、ここから始まった。
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斬新なアイデアで自転車開発。数年で全国に知られるブランドに。
以前から新しいフレームのプレゼンテーションのために、自転車の完成品を試作していた同社。すでに持っていた知識と技術、田畑会長の斬新な発想によって、タテ型に折り畳める自転車、前が3輪になった安全三輪サイクル、車椅子サポートサイクルなど、オリジナリティあふれる自転車を開発していった。最新作は、階段でも凸凹でも道を選ばない「クルーザー皜」、軽い力でスピードが出せるクロススポーツ車「ReCue(リキュー)」。ことに堺出身の千利休をイメージした「ReCue」は7年の歳月と、おおさか地域創造ファンドの助成金、競輪補助金を受けて完成させた力作だ。「フレームにしなりを入れて踏込力を蓄えるリンク式フレームと、クランクを機械的に長くする48丁のロータリーギヤーの組合せがポイントです。当社比で12%以上のパワーアップ、約16%のスピードアップを実現しました」と田畑会長は胸を張る。この原理を活用すれば、上り坂を軽く走れる自転車(ママチャリ)も可能だという。「開発に終点はない」と語る田畑会長の頭の中は、常に新しいアイデアで充たされているようだ。平成21年2月現在、特許や実用新案は約40にのぼる。商品開発とともに力を入れたのは、販路の開拓だ。主要販売先にと、田畑会長が最初に狙いを定めたのは関東エリア。小売店を中心に1軒1軒回った努力が実り、得意先数はゼロから850社へと驚異的な拡大をみせた。平成19年には1200坪の敷地を有する本部物流センターを設立し、東京、神奈川、名古屋の営業所、中国の天津事務所とあわせ、生産・販売・営業の拠点を整備。平成20年度には売上高22億円超を達成し、フレーム製造当時の25億円に近づいた。「当面の目標は得意先1000社」、田畑会長の挑戦はまだまだ続く。


